エラそーに書いてしまうが…。
私は、コトバに敏感。
ヒトのコトバを受けとめて、私なりに解釈する。
なんだか、ステキなコトバ。自然と明るい気持ちがわいてくる。
なんだか、残念なコトバ。不愉快をまきちらすコトバには違和感。
もちろん、ココロが入っていない薄っぺらいきれいゴトにも違和感。
やさしさがあるようで、傷をなめあい自己陶酔のためのコトバにも違和感。
やさしさがなく、一方的に自分の主張を押しつけるコトバは論外。
コトバに共感できずに、そのヒトに共感するのはキビシイ。
しかし、納得も理解も共感もないなかで、縁をきれない関係性は珍しくない。
それなら…。
発想力をかえてみるしかない。。。
ヒトを、じっくり観察してみよう!
コトバがあらいヒトは、ヒトの話を聞いていない。あるいは、最初から受け入れるつもりがなく聞いている。ささいなツッコミどころを探したりテーマをずらしながら、自分の独壇場にもっていく。
なるほど。
では、ペースがくずされない文章でのやり取りなら、どうなるのだろう。
きっちりかっちり、箇条書きに近い文章を渡してみた。
読んでの返信。的はずれな文章がかえってきた。
つまり、文章を理解していないのだ。
なるほど…。
文章を読む、考える時間があるのに。音からのコトバだけではなく、文字からのコトバも理解していない。
話しコトバが残念なのは、仕方ないのか。。。あきらめるしかないのか。。。。。。

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