「ざっくり」の感覚があわない

なんとなく

私は、コトバに強く意識がむく。
よく知る知人と話していて、私にとってここちよくないコトバが出たのなら。
そのコトバそのモノは、ひっかかる。しかし知人に対しての印象がかわるワケではない。

お互いの感覚や空気感は、わかりあえている。私が一方通行で、そう思っているだけかもしれないが。
コトバのチョイスが違うだけで、感覚は伝わるから。

メディアやネットのコトバ。一方通行で、私の耳に届く。なんとなく、気にさわるコトバが出てきたら違うコトをはじめる。
一方通行だから、そのコトバを使うヒトの本心や感覚がわからない。

コトバは、とてもデリケート。そのヒトをあらわす。
しかし、声のトーンやテンポ、ニュアンスにより印象はかわる。
私はコトバを意識するけれども、感覚がわかりあえるコトが大切だと考える。

もう、何回も何回も同じようなコトを書いているね。

だからこそ、誇張や威圧でコトバを雑にあつかうヒトには違和感。

先日。
「ざっくり」の感覚とコトバが私とはまったく違うヒトと話した。正直、疲れた。

たとえば。
二人で飲食店に入ったトキに。
大皿料理を取り分けるタイプのお店だったら。
「先にざっくり半分取ったよ」と言われたら。
数がかぎられた食材は、半分ずつに取るのが最低限のマナーと考える私。知人が取ったあとの大皿料理をみると、数がかぎられた食材は皆無。たしかに私が残りのお料理をすべていただいたら、量的には半分こと思われる量。

もちろん、キッッッチリ半分こではなくても気にしないのだけど…なんだかね。

それって「ざっくり半分」なのかな。。。

食いしん坊の、違和感。

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