「こうあるべき」は、もうやめない?

ことば

「こうあるべき」と言われてしまうと、反抗心がわきだす私。

なんか、命令されているみたいなんだもん。
なんか、見くだされているみたいなんだもん。
なんか、こちらに非があるみたいなんだもん。
いろいろな考え方あるよ

いつごろからだろう。
偽正義をふりかざして、偽いいヒトが増えてきて、偽世の中を知りつくしたヒトも増えてきて。

世の中。
マルかバツかだけ。
効率がよければそれでよい。

マルであるべき。
効率優先であるべき。

ちがう~!

バツにも意義はある。マルともバツとも決められないよさ。

効率が悪く時間をかけたからこそ、みえたモノ。手にしたコト。

それらはムダではない。ゴミではない。

ニンゲンらしく。ココロに感じるコトを見逃さないで。

「自分を見つめなおす」
「自分にむきあう」

そして、そのあとにつづくコトバはおおよそこんなかんじ。

「自分を、大切にするべき」
「君は、幸せになるべき」
「世の中、こうあるべき」

ニガテなコトバ。
ご縁がきれたあのヒトも、そのヒトも、このヒトも好んで使っていたコトバ。

違和感だらけ。。。

べき、べき、べき…。
もう、べきは、やめようよ。
一日くらい「べき」禁止の世の中で過ごしてみたい。

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