ご隠居して気がついたヒト

なんとなく

ヒトは年齢を重ねて、経験や感情をたくさん集める。そして、若いコロには気がつかなかったコトがみえたりする。
時代も変化も、当然ある。若いコロの常識がいまの時代では批判されるような非常識となる場合もある。

私の生きた時代で考えると、昔は理不尽だと感じていた正義。それが、いまの時代では通用しない。
逆に、若いコロの時代の大らかさをいまは感じない。いまのほうが義務やゆずりあいより、権利や損得勘定が優先されている。

あのコロよかったモノ。いまよいモノ。違ってあたりまえ。考え方は、ヒトそれぞれ。時代それぞれ。

私の経験ではない。わが家の経験でも、ない。

でも、実話。

とあるご家庭の父親は、自分の気持ちを置き去りに世の中の風潮にあわせた生き方を選んだ。出世名誉世間体最優先。休日は疲れはてて、ご家族との時間なんてない。会話もない。

気がつくとお子さまたちは独立。疎遠。ご自身も退職、ご隠居生活。出世名誉世間体なんて無縁の日常生活。時間はあるがナニをしたらよいのかわからない。

お子さまたちに、ご自分の生き方のむなしさを手紙に書いた。いまさらながら、気がついたコト。過去への反省と失敗への謝罪のコトバ。

お子さまたちには、このコトバは届かなかったそうだ。いまさら謝罪されても、何十年尊重されなかった事実は消えない。いまさら失敗と言われても…。失敗にまきこまれたのは自分たち、と。

時代の被害者なのか。いや、きっとお若いコロにはまわりをみわたす気づかいがなかった。国をまとめる王様ではなく、自分のコトで精いっぱいの独裁者。

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