たわいもないお話。
世の中、見方をかえるとモノゴトの印象は変わってくる。
たとえば、まわりをよく観察してズカズカ踏みこまないヒトがいたら。
「まわりをよく観察して」を察するか察しないかで、印象は変わってくる。
「まわりをよく観察して」いると察したら。そのヒトは、とてもよく考えていて先のコトまで予測している。慎重で、丁寧で、落ちついている。
そのような感想になるのかな。
「まわりをよく観察して」いるコトに気づかず判断したら。
人見知り、おくびょうもの、勇気がない。
そのような感想になるのかな。
前置きは長くなったけれど。
ヒトは、結果で判断しがち。悪いコトではないけれど、その背景にはナニがあるのか。そこまで考える機会は減っている。
私が小さいトキのお話。遠い遠い昔のお話。
学校で、紙粘土での工作の課題が出た。条件は細かかった。
・馬をつくる
・前をむいている姿
・四つ足でたっている姿
・仕上げ色つけで使っていい絵の具は茶色と赤と白
ほかにもナニカあった気がするけれど…。
先生は、かぎられたなかで、どれだけ違う作品ができあがるか楽しみにしているとおっしゃった。
クラスのみんなで完成作品を鑑賞。
一人の作品は先生のお話を全く聞いていなかったようで条件を一切ムシしたようなモノ。
しかしその作品をみた保護者の皆さんは絶賛している。
「自由な発想がすばらしい」「斬新なアイデア」「さすが」「ほかの子たちは、似たような作品ね」
いや、説明を聞いていなかっただけなのに。。。
世の中は、ときどき理不尽。

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