父方の伯母の命日に

おもいで

私にとって、8月は大切な方々の記憶に残る日がとてもとても多い月。

うれしいうれしい記念日もあれば、少しさびしい記憶に残る日もある。

その中のひとつ。
父方の伯母の命日。

毎年書いているね。

父方の伯母の命日~八月十二日
今から三十五年前、父方の伯母が旅立たれた日。伯母は大正生まれ。一度結婚されたがおひとりに戻られた。女医さんだった。父とは十六歳離れていて私は父が四十代のときに生まれているので、伯母は第一線からお仕事を離れられた後の印象が強い。年を重ねられた…
父方の伯母の命日
今日は、三十年以上前に旅だった伯母の命日。毎月一回を目安に、父方のみなさんがいらっしゃるお墓にお参りへ行っている。しかし今年の暑さは乗りきる自信がなくて、さすがにしばらく失礼している。毎年八月のお墓参りも、タイミングよく行かれていた。なんと…

祖母のそばで、やさしくお世話をされていた伯母。
祖母が旅だったトキ、伯母は70代だった(はず)。伯父一家と一緒に暮らしていらしたので、もちろん伯父のご家族も一緒にお世話をされていた。

祖母が、いよいよというトキに。
手を腰にあてて「いざというトキには…」と伯父や父と話していた伯母。その姿は、当時学生だった私からみたらとてもかっこよかった(失礼だったらごめんなさい)

残念ながら、すぐに「いざというトキ」は来てしまった。

祖母を見送る式典でも、伯母はしっかりとキチンと対応されていた。悲しみをみせずに。

70年以上、母親のそばにいらした伯母。
私は両親の旅だちを経験して、それだけ一緒にいらして、うらやましいような気持ちをもった。
しかし、逆かもしれない。
それだけ長い間ご一緒だったから、喪失感はとてもとても大きかったはず。

いや、比べるコトはないね。

大切な親を失う年齢に、早いも遅いもない。ただ、一緒にいられた大切な時間に感謝。

今年の伯母の命日に、考えたコト。

ありがとう。

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