ゆずりあいとガマン。違いはなんだろう。線引きできるモノなのか。
私は日々エラそーに「みんなゆずりあえば、ギスギスしている世の中がおだやかになる」というようなコトを書いている。
この「ゆずりあう」は、誰も傷つかない前提。自分にとってベストな選択肢があったとする。しかし、ベターな選択肢を選べばたくさんのヒトが笑顔になる。
ベストではないけれどもベター。ベターだって、自分にとってのポジティブな選択肢。
それなら、ベストではなくベターな選択肢を選んでゆずりあおうよ。
そういう解釈。
それが少しズレると「ガマン」の気持ちが発生する。
「ガマン」は美徳というような風潮も一部にはある。また、いまの恵まれた世の中だからこそ言えるコトかもしれない。
まずは、世の中自分の身近なトコロから、という視点でつづけてみる。
「ガマン」は、なるべくしないにこしたことはないと私は思う。ストレスの一因。
「ガマン」を減らすには?
発想を変えたら軽減する。
ほしいモノが手に入らなかった。それは、この先よりステキなモノに出会えるから。
こう考えて割りきれる気持ちは「ゆずりあう」コトにつながる。ほしいモノをほかのナニカにゆずったんだ。
自分にとりベストだったかもしれないがベターを手にしようと考えられたら。「ガマン」が「ゆずる」に、かわるんじゃないかなあ。

コメント