だれにだって、怒りの感情はある…はず。
いつでもおおらかでおだやかな方もいらっしゃる。
そのような方たちにも、怒りの感情はある…はず。
目にみえるカタチで怒りを表現しないので、おおらかでおだやかにみえるのだと思われる。
目にみえるカタチでの怒りも、いろいろある。
すぐに行動としての怒りを出すヒトたち。
延々と自分の正当性を語りつづけるヒト。
泣いて取り乱すヒト。
大きな声で威圧するヒト。
チカラでねじ伏せるヒト。
しばらく考えたりためこんでから怒りを出すヒトたち。
事実と感情を整理して説明するヒト。
自分にも原因があるからとだまるヒト。
黙り込んだあとに、次々怒りがやってきたら。
結果、すぐに行動としての怒りを出すヒトたちと同じような行動に出るコトが多いと思われる。取り乱したり威圧したり、ねじふせたり。
まあ、ニンゲンだから、ね。きれいゴトばかりでは、おさまらない。
しかし、なるべくキレイに怒りを表現できるヒトでいたい。
私、元々は淡々と事実を冷たいコトバにのせて、怒りを表現していた。ココロは、怒りでいっぱい。
そして、ためにためこんでから爆発。爆発のカタチは、断絶。
よろしくないなと思っていた。
あるトキ、ふと、変わった。人生に対して冷めたりあきらめたワケではない。
しかし、世の中いろいろな考えとヒトがいるんだとココロから知ったような気がしたトキ。
損得勘定打算で動かれたり、悪意をもってだますようなデキゴトには怒り。
しかし、世の中の怒りの大半が、コミュニケーション不足の行きちがいだと感じるようになった。
そのヒトにとっての「いつものコト」「気を利かせた」「遠慮」「好み」が、ほかのヒトにとって違和感となる場合がある。
きちんと話せば違和感は行きちがい、世の中いろいろなコトはヒトそれぞれだ。
そう考えられるようになり、大きな怒りを感じる機会は減った。
損得勘定打算で動かれたり、悪意をもってだますようなデキゴトを運んでくるヒト以外は。

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