現代の世の中のスピード感。少し前に聞いたお話。
ネット文化がなかった私の学生時代に1冊の本を何日もかけて呼んで集めた情報も、いまなら数分で手に入る。
平安時代の一生分の情報を、1日で受けとる現代。
なんなら、縄文時代の一生分の情報を、5分で受けとる現代。
寿命が違うとか現代社会ほど情報を集める必要ないとか、細かい話は置いといて…。
たしかに。
なるほど。
納得。
昭和初期くらいは、きっと。
調べモノをするならば、本からの情報を得る。その分野の知識人から話を聞く。
情報を忘れないようにするならば、自分で字を書いて記録として残す。それをヒトに伝えたいのなら、同じモノを何枚も書きつづける。
しばらくすると、印刷できるように。コストの問題が大きく、わら半紙に青インクで印刷するのは私も経験している。
私の学生時代。ワープロはあったけれど、パソコンはない時代。ワープロの液晶部分は1行しか表示できない時代。
それでも、原稿用紙に何十枚も手書きしていた兄弟の時代よりありがたく思っていた。
その後のパソコン、携帯、タブレット、スマホなどへの進化は当時の私には想像もつかなかった。
調べモノは、簡単にできる。求める以上の情報がふりそそぐ。整理する間もなく、情報が積みかさなる。情報過多。
その便利さに慣れていくと、情報や知識はアタマを素通り。吸収していない。
私も、気をつけようと思いつつ情報の早さを求めてしまう。きちんと精査しなければ。
気をつけよう…。

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