「居場所」もヒトそれぞれ

たわいもない話

居場所は、与えられるモノ。
居場所は、みつけるモノ。
居場所は、つくるモノ。
居場所は、さがすモノ。
居場所は、整えるモノ。

自分の居場所って、なんだろう。
ここちよい居場所って、なんだろう。

うまれてから幼少期、もしかしたら学生時代まで。
居場所は親や学校や環境に与えられる部分が非常に大きい。

学生時代が終わり、社会へ飛びだす。
居場所は自分でみつけて、つくって、探していくモノ。

そして自分で整えていくモノ。

物理的に帰る建物があるコトではない。
属する組織があるコトではない。
自己肯定感あふれる自己満足の集団に参加するコトではない。

そう思っていた、私。

しかし、居場所もヒトそれぞれなんだね。最近知った。

物理的に帰る建物が安心や、いやしになるヒトもいる。
組織に在籍して、そこで認められたりチカラを発揮するコトに生きがいを感じるヒトもいる。

ヒトにはおかしな居場所と思われても、そのヒトがここちよければそれでいい。

ヒトそれぞれの、ここいよいナニカがある、それが居場所なんだ。

ただし、ヒトには迷惑をかけない居場所をみつけてほしい。

犯罪やモラルに問題ある居場所なんてとんでもない。
そこまでではなくても自己満足をふりまいて、ほかのヒトを巻きこむような居場所にのめり込むのは本当にやめてほしい。

強く、強く願う。

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