似ているようで違うコト@15~「ゆずる」と「ガマン」

ことば

ゆずりあいとガマン。違いはなんだろう。線引きできるモノなのか。

私は日々エラそーに「みんなゆずりあえば、ギスギスしている世の中がおだやかになる」というようなコトを書いている。

この「ゆずりあう」は、誰も傷つかない前提。自分にとってベストな選択肢があったとする。しかし、ベターな選択肢を選べばたくさんのヒトが笑顔になる。

ベストではないけれどもベター。ベターだって、自分にとってのポジティブな選択肢。

それなら、ベストではなくベターな選択肢を選んでゆずりあおうよ。

そういう解釈。

それが少しズレると「ガマン」の気持ちが発生する。

「ガマン」は美徳というような風潮も一部にはある。また、いまの恵まれた世の中だからこそ言えるコトかもしれない。

まずは、世の中自分の身近なトコロから、という視点でつづけてみる。

「ガマン」は、なるべくしないにこしたことはないと私は思う。ストレスの一因。

「ガマン」を減らすには?

発想を変えたら軽減する。
ほしいモノが手に入らなかった。それは、この先よりステキなモノに出会えるから。

こう考えて割りきれる気持ちは「ゆずりあう」コトにつながる。ほしいモノをほかのナニカにゆずったんだ。

自分にとりベストだったかもしれないがベターを手にしようと考えられたら。「ガマン」が「ゆずる」に、かわるんじゃないかなあ。

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