自分と似たヒトはニガテ説がある。
なんとなく、納得する。
「自分の長所は違う方向から見たら短所」
私は短所というコトバは使いたくない。
私のコトバで言うと「自分の長所は、これからがんばるトコロ」
まあ、ごちゃごちゃ書いたけれど「自分の足りていない部分」は、自分の気になる部分。
だから自分に似ているヒトの足りていない部分も、気になるのかなと思っている。
しかし私はまだまだいたらないトコロがたくさん。
でも、少しずつでも成長して、、いたい。
最近は、若いコロには気がつかなかったコトに目がむくようになっている。
最近、がんばっている考え方。
「考え方の違いを感じたヒトを観察して、部分的に共感できるコトをさがす」
年齢を重ねたいい大人。
いまさら相手をかえようとしてかわるモノではない。
あきらめや、期待しないという意味ではない。
円と円が重なりあう部分の一致を大切にしたらいいのでは。
部分的に共感できたらいいのでは。
そうしたら、ゆずりあえるかもしれない。歩みよれるかもしれない。
すべてを求める必要はないんだ。
ヒトはヒト。
ヒトそれぞれ。
だって、みんなそうだよね。
「自分自身は、100%完璧なヒトなの?」
「自分自身の考え方以外は、間違いなの?」
「自分だけがよければ幸せなの?」
そう思うようになってきた今日このゴロ。
コメント