目の前に、父はいない。
数年前に旅立った。
父を知る方々はヒトやモノをのこしたと言ってくださる。
父が旅立ったあとにも折にふれて父が親しくしてくださった方々と、私は交流する機会をいただいている。
ありがたい。
葬儀などではなく父の旅立ちから数年すぎたのに、、父の親しい方々とお会いしたりコトバを交わす機会があるなんて、ほんとうにありがたい。
前に書いた。「設定上の祖母」。父の仕事関係でお世話になった方で、お会いする機会をいただき、私が父の旅立ちからとまっていた「トキ」を動かしてくださった方。
父の旅立ちから数年後、最期まで関わっていた仕事がカタチとなった。父の旅立ちから折をみて連絡くださっていた方が、本当に本当にがんばってカタチにしてくださった。
父の子どもである私。
家ではよくしゃべり、よく食べて、よく飲んでよく遊んでくれた。気の利いたユーモアたっぷりの話もおもしろかった。
仕事では立派。父が仕事をしている場に行く機会が多々あったが、いつでも父はキリッとしていてかっこいい。
仕事も家庭も、とてもとても大切にしていた。
母の苦労は多かったかもしれない。
私は子どもの立場。妻の立場なら印象は違ったかもしれない。
ただ、母も父のひとがらを信じ、最期まで幸せそうだった。似たもの夫婦。仲よし夫婦。この二人は出会う必然性があったにちがいない。
母が一緒だったからこそ、父は安心して仕事をしていたんだ。その父の仕事を通して、いまの私に届いたありがたいご縁。
その二人を両親にもつ私。ほんとうに幸せ。
旅立ちから数年後にも、こうして私にプレゼントをのこしてくれていたんだ。
さあ、私にはナニができるかな。
コメント