家族って@1

なんとなく

何回か書いている。
家族のカタチは、家族それぞれ。

まったく同じ家族のカタチはないと思う今日このごろ。

法やモラルを逸脱したり、ヒトに迷惑をかけないのであれば、どのような家族のカタチでもいいのだ。

ヒトはみんな、自分の家族のカタチしか知らない。特に子どものコロは、そう。

私は、とてもとても恵まれた環境だったと気がついたのは、つい数年前。両親が旅だってからだ。
経済的な部分ではない。
精神的なコトやココロのおだやかさに本当に恵まれていたと、いまさらながら気がついた、

私にとって、家族は根っこ。ココロの奥底にドーンとかまえている。
大きなうしろだて。安心感。帰るトコロ。

そして私が子どものコロには、親せきの集まりも多かった。お行儀よく正座をするような集まりもあった。それはそれで、なんとなく、たくさんの親せき一族が集まるのはうれしかった。

世の中のご家族もみんな、そうだと思っていた。

ヒトから家族と不仲と聞いても、最後に帰るのは家族だと思いこんでいた私。

そうではなかった。
両親に対して、いっさいの情がないというヒトもいた。親せき一族の集まりもなく、会ったコトのない従兄弟がいたり、いま兄弟が住んでいる場所を知らないヒトもいた。

どちらが良い悪い、正解不正解というお話ではない。

根底が違うからわかりあえないというワケでもない。

ヒトはヒト。考え方も環境も志向も生き方も選択肢も、ヒトそれぞれ。

ご家庭それぞれ。

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