たとえば、あのご家庭。お年ごろの、ちょっとやんちゃなお子さまとママ。
もちろん、法にふれるようなことはないやんちゃ。
ただ、なぜか、二択、四択で選んでほしくない方へむかうお子さま。目先の評価を気にしたり、怒りや疑問を自分の内部にため込み消化不良を起こす。
結果、まわりの人たちに、負のエネルギーをなげつける。
親への試練か。
親なりに、いろいろな形で伝えたい本当に大切なことを伝えてきたはず。いや、伝えてきた、つもり、だったのか。
親の伝えたい本質の部分が伝えきれていなかったのか。
とママは言う。
…
自分にも置きかえて想像してみる。考えてみる。
私自身、ヒトとして、親として、遠回りしたことは、もちろん多々ある。でも、言い訳かな。何か、本質はブレなかったような気がする。
もちろんヒトそれぞれだが、なんとなく、本質を失う方へ向かってみえる子世代のお子さまが多く見える気がする。
いや、大人世代も最近はとげとげしい方が多くみえるか
本質、とは
名誉地位お金もろもろより大切なことがある、目に見えない大切なもの。
小さいときから伝えすぎた世代の反動か。時代も違うから、あふれ出す情報量も違う。必要なことも素早く見つけられるが、デマやネガティブな話も入りやすい。
誰でもそう、だけど、過去の理不尽な経験との戦い。自分との戦い。
こういうとき、親に何ができるのかな。
どういう言葉、言葉ではない何か、何ができるのかな。
そうだよね、親たち世代より息苦しい時代のど真ん中。がんばっているよね、若い世代のみなさん。
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