父の最期のコトを。
私は仕事に出ていた。父が倒れたときに近くにいてくれたのは、私の家族たち。
珍しく調子が悪いと夕方からベッドで寝ていた父が、お手洗いに行こうと歩いているときに倒れた。
そのときの様子は家族たちから聞くことしかできないのは、なんだかもどかしい。
家族たちも驚きつつも、分担して救急車をよんだり父に寄りそってくれたり。お孫さんは父に寄りそってくれた。
お孫さんは、倒れた父に「大丈夫?」と声をかけた。父は「大丈夫だよ」とハッキリ答えたらしい。
結果大丈夫ではなく、そのまま旅立った。
救急車で運ばれ最後に立ち会ってくださったお医者さんには「心臓がとまったので倒れた。ご本人は苦しむことはなかった」というようなことを言われた。
救急車を呼ぶ電話をしてくれた家族は、電話をする前に父に声をかけたけれども反応がなかったと言う。
その電話中にお孫さんは「大丈夫だよ」というコトバを聞いたという。
私が家族と日々一緒に暮らして思ったこと。父にもお孫さんにも大切ななにかを感じるチカラ、不思議なチカラはある。父は自覚していなかったと思う。お孫さんはまだ自覚していない。
その二人の最後の大切な瞬間。仲よしだった二人だけの時間。父からのメッセージだったように思える。
この最後のコトバが「苦しい、助けて」だったら。。
人生いつも全力投球で生涯現役、前向きだった父。「大丈夫だよ」は、その最後のことだけではなく、これから先のお孫さん、人生ずっとを見守ってのコトバに感じる。
私も救われた気持ちがする。最期までまわりを幸せいっぱいにする父。さすが、お見事。
お医者さんやほかの家族の話だと、父が話したとは考えにくいらしい。そのことを否定するつもりはないけれど、父とお孫さんはコトバを交わしたのだと思う。二人、響きあったのだと確信している。
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