母方の三男伯父

感謝

母方のご実家は少々複雑だった。みなさん、それぞれの悩みや葛藤をお持ちだった。

母が旅立った一年と少しすぎ、伯父は旅立った。さらにその半年、父が旅立った。

三男伯父は昔話でたびたび「三番目もまた男の子でガッカリ、次にうまれた女の子にみんな喜んでいた」というコトを話されていた。その女の子は母。
みなさんガッカリというのは冗談だとしても、たしかに中間子のご心労はあったようだ。戦時中に十歳くらいだった伯父。

お母さんのお母さんについては前に書いたね。

伯父が11歳のときにお母さんのお母さんは旅立たれた。多感なお年ごろ。ご苦労は多かっただろう。

伯父はご家族とご一緒に、私が小さいコロから頻繁にわが家へ遊びにいらっしゃった。楽しい時間を過ごした。

お誕生日のトキには、毎年毎年お祝いしていただいた。

ちょっとした問題が起こるまでは、伯父のご家族とも親しくしていた。

ご家族のコトは、また別の機会に。

晩年も、両親と伯父は親しくしていた。それぞれのお誕生日、お彼岸、年末など約束をして、食事やお酒を楽しんでいた。大人になった私も、都合がよければ必ず喜んで参加させていただいた。

重たい話からたわいもない話まで、たくさんたくさんの思い出がある。

不適切な表現だが、三人なかで母が一番先に旅立ったコトには意味がありそうな気持ちがする。

伯父と父が旅立つ苦痛とさびしさ、むなしさを母は知らずにいられた。

その部分に関して、母にはよかった。

兄である三男伯父、夫である父、母がいなくなった後、支え合いながら、いやしあっていた。

もちろん、私も。伯父、父がいてくれたからこそ、なんとかふんばれた。

また、母はあちらの世界で久しぶりにお母さんのお母さんとゆっくりできた、はず。

さらに、伯父と父があちらの世界で困らないように、うまく段取りしていそうな母。

伯父とのひとときのように、ときどき楽しくいい時間を過ごした方の旅立ちは、かえってジワジワとこみ上げるモノがある。

何年たっても。

何年たっても、、みなさんに会いたい。さびしい。

でもね、私なりにがんばっているよ。
ときどき、メッセージがほしいよ~。

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